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米MicrosoftのナデラCEOが4年ぶりに来日、「イノベーションとテクノロジーによって日本のDXを支援する」

 11月16日、米Microsoft 会長兼CEOのサティア・ナデラ氏が来日し、講演を行った。実際にMicrosoftのテクノロジーを採用している企業の実例を紹介しながら、イノベーションとデジタルテクノロジーが日本の開発者、スタートアップ企業、各業界のエコシステムをどのように支えているかについて紹介した。

 さらに、Microsoft Teamsの新しいアプリケーションとして、メタバースによるコミュニケーションを実現するMesh、新たに投入するMicrosoft Supply Chain Platformなど、新しい製品を紹介している。

米Microsoft 会長兼CEOのサティア・ナデラ氏

より少ないリソースで対応するクラウドはエネルギー問題解決の1つに

 ナデラ氏は今回、日本マイクロソフトが開催したイベント、「Empowering Japan's Future」で基調講演を担当した。ナデラ氏は、「本当に日本に戻れて、うれしく思っている。前回来たのは4年前になる」――、ナデラ氏はこう切り出して講演をスタートした。

 こう話したナデラ氏がプレゼンテーション画面に映し出したのは、Microsoftが創業した1975年に発行された雑誌「Newsweek」と「Popular Electrics」。

 「表紙を見ると、Popular Electricsにはアルテラ8800の写真が掲載され、Newsweekではエネルギー危機に関する特集記事が組まれていることがわかる」。

 ご存じのようにアルテラ8800はコンシューマ向けパソコンの草創期の製品であり、エネルギー危機は1975年当時とは全く異なる環境であるものの、現在でも大きな課題となっている。1975年当時とは大きく変わっているところもあるが、同じように課題となっていることもある。

 「Empower every person and every organization on the planet to achieve moreは、Microsoftのミッション。これはどういうことか、これを達成するために日本で何をしようとしているのかについてお話ししたい」と、古い雑誌から講演を始めた背景を説明した。

 さらに、最近Microsoft社内でも登場することが多いという、「Doing more with less」という言葉が映し出された。

 「より少ないリソースで、より多くのことをするために、より細かく定義していかなければならない。その際、われわれにとって最も重要なリソースであるデジタルテクノロジーが大きな役割を果たしていかなければならない。経済、社会、世界を進展させるものになっていかなければならない。このDo more with lessをいかに実現するか、Microsoftのクラウド開発のモチベーションとなっている」。

Doing more with less

 特にエネルギー消費という観点からクラウドの効率の良さを挙げ、「エネルギー消費という点では、クラウドネイティブプラットフォームを利用する方が、ほかの方法よりも95%効率が良い。クラウドへの移行はエネルギー消費の効率化という点からも最も良い策となる。弾力性を得て、需要に合わせた利用が可能となり、設備を最も効率よく利用することができる施策である」と説明した。

 また将来のシステムの方向性として、「2025年にはアプリケーションの95%がクラウドネイティブになる。単にシステムをクラウドに移行するだけでなく、いかにクラウドを活用することができるか、アプリケーションを構築する際に効率性、機能の最適化といった観点でクラウドを利用していく必要がある」と述べ、クラウドへの移行だけで十分と考えてはいけないと指摘した。

2025年にはアプリケーションの95%がクラウドネイティブになるという

 その上でMicrosoftのクラウドの強みとして、「われわれは他社よりも多くのデータセンターを持っている。60以上のリージョンがあり、日本にも2つのリージョンがある。またAzure Arcを使うことで、オンプレミスであれ、エッジ環境であれ、効率的な管理を行うことができる」と説明した。

Azure Arc

 さらに、日本でMicrosoft Azureのテクノロジーを活用し、成功しているユーザーとしてセブン銀行を挙げた。

 「Azureは小売り現場、製造業の現場などさまざまな環境で利用できるが、この良い例がセブン銀行だ。今回、セブン銀行の皆さんに実際にお目にかかることができた。セブン銀行は、Azureのインフラを利用したクラウドネイティブな銀行で、2万6000台のATMが稼働している。しかも、ATMではカメラなどを活用することでさまざまなサービスを提供している。そのバックエンドで、日本の2つのリージョンのデータセンターが働き、高速なトランザクション処理を実現している」。

セブン銀行の事例を紹介

AI活用を想定したアプリケーション設計が必要に

 クラウドの次にナデラ氏が取り上げたテーマは、AI。テキストから画像を生成するDALL-Eを紹介し、「将来の東京がどんな姿になっているか?と聞いたところ、こんな絵が提供された」と、未来の東京の予想画像を紹介した。

画像生成AI「DALL・E(ダリ)」による、未来の東京の予想画像

 「われわれがやりたいことは、まさにこういうこと。ただし、これを実現するためには堅牢なデータプラットフォームが必要になる。しかも、ボリューム、データ速度などバラエティーあるデータを扱えるプラットフォームでなければならない。Microsoft Intelligent Data Platformは、データガバナンス、分析、さらにOperational DatabaseストアであるAzure Cosmos DB for PostgreSQLに、アナリティクスエンジンを通じリアルタイムにリンクを結ぶことができる。Cosmos DBにリアルタイムでデータが入り、それがアナリティクスのデータベースに行く。こういったデータの行き来は、すべてガバナンスにのっとって行われなければならない。コンプライアンス、プライバシー、セキュリティに配慮したものでなければならないからだ。そのために存在しているのがMicrosoft Purviewだ」。

Azure Cosmos DB for PostgreSQL

 AIを活用していくために、「いろいろなものを積み上げて利用するのではなく、1つのアーキテクチャの中で利用できるようになることで、そこから大きな変革が生まれる。今、アプリケーションを構築する際には、どうやってAIモデルの機能性を使ってくのかを考えて設計していくべきだ」と、アプリケーション設計段階から考慮すべきだと指摘する。

 こうした変化についてナデラ氏は、「ソフトウェア2.0の夜明けが訪れているのだと言っている。データから学習することでこういう転換が実現する。あらゆるデベロッパーは、豊富な機能性を活用し、AIをアプリケーションに組み込み、活用していくことができるようになる」と述べた。

さまざまなAIソリューション

 大きな変化を起こす存在としては、ナデラ氏は日本のスタートアップ企業AGRIST株式会社を紹介した。高齢化が進む農家をサポートするために、Microsoftのテクノロジーを活用しスマート農業実現を目指す企業だ。

 「ロボットを作り、収穫作業を自動化するなどの取り組みを行っている企業です。デモを見たが、小さなトラック並の価格で、AIやカメラ、IoTによって収穫作業を楽にするとともに、収穫量を増やす工夫をしている。さらに、収穫量を増やすために活用するAIのラベリングサービスを作り出した。ラベリング作業自体は在宅で行うことができるので、障害者であっても就労することが可能になる。日本のスタートアップ企業がこうしたタスクフォースをテクノロジーによって実現したことに大変感動した」。

AGRISTの事例を紹介

市民開発者を支えるPower Platform

 次にナデラ氏が取り上げたのは、開発を取り巻く変化だ。「Microsoftは、1975年に開発ツールの会社としてスタートした。ミッションに真剣に取り組み、Visual Studio、Power Platformなど最高の開発ツールを提供している。そこに面白い変化が起こっている。テクノロジー畑の人間だけでなく、あらゆる人たちがデジタル変革に参加でき、企業、あるいは国のために活躍できるのだ」。

 開発者にとっても、ツールの進化とともに、GitHubの活用、さらにAI活用によって開発効率を高めることができる。

 「GitHubはオープンソースの中核であり、コラボレーションの中核としての役割も担っている。デベロッパーとデザイナー、プロフェッショナル、お客さまと接する人々がここでコラボレーションすることができる。AIペアプログラマーツールであるGitHub Copilotは素晴らしいイノベーションで、50%もプログラマーの作業効率を高めることが可能だ」。

さまざまな開発関連のソリューションを提供

 Power Platformについても言及し、プロの開発者だけでなく、Microsoftが「市民開発者」と呼ぶ、開発の専門家ではない人がソフトウェア開発に参加できるツールだと説明する。

 「PowerPointでプレゼンテーションを作成し、Excelを使って作業をしている人であれば、アプリケーション開発も手掛けることができるはずだ。それを実現するのがPower Platformで、Power Apps、Power Virtual Agents、Power Automate、Power BI、Power Pagesを1つのスイートにまとめて提供している。このスイートを使うことで、市民開発者の作業には変革が起こる。Power PlatformもAIを採用しており、ある図をスケッチで描くとAIを使って読み込んで、アプリケーションに変換できる。また、プロセスオートメーションを実行可能なため、Power PlatformをRPAに活用することもできる。日本では、RPAは大きくいろいろなところで採用されている。Power Platformはさまざまな場面で素晴らしいイノベーションを起こすことができる」。

Power Platform

 日本でPower Platformを利用し成功した企業として、メルカリ、花王の名前が挙がった。「メルカリは、GitHubを利用し、すべてのソースコードを格納し、社内でオープン化してサイロができないよう工夫している。花王の皆さんには、今回お目にかかることができたが、Power Platformを活用することで紙をなくし、工場の作業を効率化している。技術的背景がなくとも、Power Platformを利用することで自ら開発を行い、作業の効率化を実現している素晴らしい例だ」。

メルカリと花王の事例を紹介

パンデミックで大きく変化した働き方をツールで支える

 Microsoft 365、Microsoft Teams、Microsoft Vivaについても言及された。まず、これらのツールを考える前提として、パンデミックで働き方が大きく変化したことが挙げられるという。

働き方の変化を支えるツール、Microsoft 365、Microsoft Teams、Microsoft Viva

 「パンデミックがあり、働き方は大きく変化した。もう2019年前の働き方に戻ることはないだろう。将来に向け、新しい働き方を考えていかなければならない。その際の3つのポイントについてお話ししたい。まず1つ目は、“生産性のパラノイア”を治しましょうという薦め。多くのリーダーにとって、自分の組織が生産性の高い組織になっているのかよくわかっていない。それを確かめるためには、主観でアピールするのではなく、データを活用して客観的に考えるようにするべきだ」。

 2つ目のポイントは、オフィスに集まる理由についてリーダーはあらためて考え直すべきという提言だ。

 「2つ目は、オフィスにやって来る理由について。『自分は会社に命じられてオフィスに来ているわけではなく、ほかの人に会うために来ているんだ』という冗談を言う人がいる。さらにリーダーは、『自分たちはイベント開催者にならないといけないね』という冗談を言う。しかし、これはあながち冗談ではなく、オフィスはほかの人に会う場所として重要な拠点であることは間違いない。人間の絆とは本当に重要なもので、リーダーはそういうことを考えるソフトスキルとそれを実現するコネクションをはぐくまなければならないのだ」。

 3点目は働く人を再活性化する仕組みを作ることの重要性が言及された。

 「労働力を再活性化するためには、例えば仮想空間を使うなど、組織文化を再活性化する仕組みをあらためて考えてみることが必要だということ。自分たちが学習することで組織が成長することにつながるんだ、という実感を持つことができれば、その人はその組織で前向きに働き、組織内に定着していく」。

 こうした働き方の変化を支えるツールとなるのがMicrosoft 365であり、Teams、Vivaだとナデラ氏は話す。

 「データをもとに働き方を変えていく試みには、Microsoft 365、Teams、Vivaという3つの製品が活躍することになる。働く人の生産性を上げるもので、データを活用することで、働く人のモチベーションが上がるのだ。正しくこの3つの製品を利用することにより、ハイブリッドワークにおいても生産性を上げられる」。

 これら現行の3製品については、さらに機能向上を進めていくことも強調された。

 「Microsoft 365は、エンドトゥエンドのスイート製品。全く異なる役割を担って仕事をしている同士がコラボレーションし、共同で仕事を進められる。共同作業を円滑に進めるのに役立つのが、コラボレーションツールであるTeams。チャット、オンラインミーティングなど5種類のアプリケーションを1つにまとめて提供する。そして今後、成長が楽しみなのがメタバースコミュニケーションを行えるMeshだ。次世代の没入型体験を提供する。同じように新しいカテゴリーの製品となるのがViva Goalsで、Vivaはインサイトとコネクション、パーパス、スキル学習などを1つにまとめる、従業員向けプラットフォーム。そこにデータファーストで設計されたViva Goalsが加わり、整合性を持った組織運営が可能となる」。

 日本でのユーザーとしては渋谷区役所が紹介された。

 「Viva Goalsを使い、データを集め、分析し、ハイブリッドワークを最適なものとしていく試みを渋谷区役所が実践している。データをもとに働き方を分析していくことで、生産性の高いハイブリッドワークが実現することになる」。

渋谷区役所の事例を紹介

新たにサプライチェーン分野への製品投入

 講演の中でナデラ氏は、新たなビジネスアプリケーションとして、「Microsoft Supply Chain Platform」を投入することを発表した。

 「物理的な世界とデジタルな世界の両方をつなげるものとなる。現在、ビジネスアプリケーションの世界では大きな変化に対応していく必要があり、だからこそDynamics 365はその変化に対応することで新しい価値を生み出すことができると意欲的に考えている。現在、ビジネス決定者の53%が、現行のサプライチェーンは柔軟ではないと考えている。そこでMicrosoftはSupply Chain Platformをリリースし、中央司令センターで集中的に意思決定が行える環境を作る。供給と需要をよりよい形にしていくために、ツールで予測していくことができるのか、イノベーションを起こして実現したいと考えている」。

Microsoft Supply Chain Platform

 日本のユーザーとして紹介されたのはヤマハ発動機だ。「Power BIなどのツールを活用することで、データをまとめて分析し、より早く、正確な対応をする試みを実践する素晴らしい事例といえる」。

ヤマハ発動機の事例を紹介

 こうしたビジネス現場の変化に対応するため、ナデラ氏が新しい試みとして紹介したもう1つが「インダストリアルメタバース」だ。

 「インダストリアルメタバースは、パンデミックの間もかなり加速して勧められてきた。IoTであっても、センサーであっても、ストリーミングデータであっても、デジタルツインを使ってリアルタイムにシミュレーションを行う。シミュレーションを行った後で自動化を行い、分散型コンピュータによってクラウドからエッジまですべてをカバーする。トラブルを予兆検知によって未然に防ぐだけでなく、エキスパートが現場に出向かず、1つの拠点から複数の拠点をサポートし、トラブルシューティングも迅速に行うことができるようになる。完全なインダストリアルメタバースの世界では、開発、設計から試験までの工程を仮想空間上で実行できるようになる」。

 日本でインダストリアルメタバースを実践する企業として名前が挙がったのは、川崎重工。「Microsoftも仮想空間での取り組みを支援していきたい」と、ナデラ氏は強調した。

セキュリティは優先順位のトップで取り組むべき課題

 最後にナデラ氏が取り上げたのがセキュリティだ。「すべてのイノベーション、テクノロジーの基本となるのがセキュリティで、第一優先順位をつけるべきもの」とした。

 「2025年までには年間10兆ドルがサイバー犯罪によって失われるという試算も出ている。この損失を食い止めるために、ゼロトラストのアプローチが非常に重要になる。Microsoftでは、エンドポイント、アプリケーション、インフラストラクチャまで、製品から上がる何兆ものデータシグナルを処理し、毎日セキュリティ対応を行っている。これはただ単にセキュリティの機能を作ればいいというわけではなく、インテリジェンスに防衛を担当するセキュリティプロダクト向けに、情報を出して成立していく世界を作っていく必要がある。さらなるイノベーションが必要な分野でもある」。

優先順位のトップとしてセキュリティを取り上げた

 日本でゼロトラストを実現するための取り組みを行っている企業として名前が挙がったのはアサヒグループ。「ゼロトラストに向けた取り組みが会社の第一優先順位となっている。きちんと努力をされているとても素晴らしい例。このようにどこのデジタルカンパーであれ、銀行であっても、ゼロトラストを実現するために迅速に行動する必要がある」

アサヒグループの事例を紹介

 講演の締めくくりとしてナデラ氏は、日本に対する期待を話した。

 「私たちのビジネスの成功は、創意工夫とプロダクティビティを上げることにかかっている。日本でも、一人一人がそれを実践できるかが鍵となる。今、日本の組織や企業が何をやっているのかには、とても興味を持っている。というのは、その取り組みについて聞くことが、インスピレーションをもらうことにつながるからだ。今回もインスピレーションをもらうことがあった。それは沖縄大学の例だ。教育へのフォーカスは、前進していくために欠かせないものだ。さらに、教育を実施する機関は平等にアクセスできる環境なしには十分な教育ができない。沖縄大学では技術を使うことでアクセスをよくする工夫を行われたことを伺った。その工夫によって、障害がある人が大学に入学した際にも学ぶことができて、デジタルトランスフォーメーションの参加者となることができた」

 さらにナデラ氏は、「あらゆる組織がより多くのことを達成できるように、情熱と工夫が欠かせない。そして努力が必要。持続可能な将来に対するコミットメントとして、われわれの社会のためにも、経済のためにも、インパクトはわれわれ一人一人が及ぼすことができる。小さな企業でも生産性を高め、そして競争力も持ち、より対応力の強い政府というものを実現し、教育のニーズ、あるいはヘルスケアの改善、そして雇用喪失などといったものに対処していくためには、いろいろなエンジニアリングの工夫が必要となる。世界に対するエンパワーメントが必要になる」と引き続き、エンジニアリングの工夫によって、世界が抱える課題に対応していくことが必要だとして講演を締めくくった。